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中高年転職後 - 直属上司の部長とのガチ対決

内資大手企業のリアル - 直属上司の部長とのガチ対決

転職する、しないに関わらず、会社での生活の良し悪しを左右する一番大きな要因の一つに、直属の上司との関係があります。基本的に、その関係が良ければ素晴らしい会社生活になりますが、悪ければ地獄のような会社生活になります。今回は、私が中高年転職後、実際に上司と対決するに至った経緯と、その後の顛末について述べます。会社員としての生き方について、少しでも参考になれば幸いです。

その当時の私の直属の上司である部長

敢えて一言で言えば、好き嫌いの激しい上司でした。社内の人間関係においても、「和をもって尊しとなす」とは真逆で、敵対する相手とはトコトン戦うというスタンスでした。見て目は、非常に温厚そうなのでした。

ただ、自身が不利な立場になると、取り乱すことはなく、ひたすらおとなしく、腐る態度を取ることもなく、自分自身の仕事をコツコツとする方でした。だから、生き残れたのでしょう。

プレゼン資料に対して、兎に角、直しを何回も要求していました。

部内やグローバルに対するプレゼン資料は、必ず目を通して、細かく修正を要求していました。部長本人としては、鍛えてやろうという親切心だったと思います。嫌いな部下や諦めている部下に関しては、自分では一切指導せずに、部署のできる課長に指導させていました。ただ、何度も何度も直しを要求して、自身の気に入ったものになるまで妥協しない状況でした。私は、ある程度直しを要求した後は、見本として上司自身が訂正すればいいのにと思っていました。

まあ、私も長年サラリーマンをやってるので、彼の癖には慣れてきて、訂正する前に、どのような感じで訂正すればいいのかを、事前に事細かく聞くようにしていました。それだと、訂正は3~4回で終わりOKが貰えました。慣れていない別の部署の女性は、10回以上訂正を要求されて、少しノイローゼ状態になっていました。その当時所属していた会社は、完全はホワイト企業だったので、別の部門の部長が間に入って、事なきを得ていました。私としては、10回も訂正を要求する熱意(?)と労力に驚いた記憶があります。

ただ、超優秀な10歳年下の後輩の資料は、ほとんど訂正したことがなかったです。その後輩に対しては、部長は自分自身よりも能力があると思っていたのだと感じます。その代わり、指導したくない部下を押し付けていました。まあ、超優秀な後輩を鍛えるという意味もあったのだと思います。

自分自身の上司であっても、納得いかなければ、完全に敵対していました。

ある意味、これはすごかったです。部署内の雰囲気が非常に悪くなりました。自分の上司の部門長に向かって、部員全員の前で、「それは間違っています。」と言い切る姿は、唖然としました。もともと好きでなかった年下の社員が、自分の上司の部門長になったことがどうしても許せなかったのだと思います。私にも、部門長の悪口をさんざん言っていましたから。

もちろん、その報復として、部署から体よく追い出されることになりました。しかし、全く後悔するどころか、せいせいしたと言い切る感じでした。ある意味、完全に腹をくくっていたんだと思います。その後、別の部門に、部長のまま異動しました。

それなりのサラリーマン処世術には長けていました。

どんな上司に対しても、敵対するのかという点に関しては、全くそうではなかったです。移動した部門の部門長(アメリカ人)の部屋に、私と一緒に呼ばれて、私が関与していたprojectの件で、理不尽に怒られた時、私を慰めることはしたものの、その部門長の悪口は一切言いませんでした。「どんな上司でも、完璧な上司はいない。感情的になって怒ってくることもある。そんなのをいちいち気にするな。」

私は、なぜそれと同じことや同じ想いを敵対する上司に持てないのか?アメリカ人の部門長に対しては、かなりひどく罵倒されても、従順にして、コツコツと仕事をしていました。その時の私の評価は、部下を慰めて励まし、上司に対しても尊敬の眼差しをもって、精一杯仕事をする姿勢は、理想的なサラリーマン像で、見た目の温厚さにも通じるものがありました。

後から考えると、彼が敵対していた部門長は確かに人間としての器も小さく、あくまで私の上司を潰そうとしていた感じがします。しかし、アメリカ人の部門長は、罵倒はしますが、私の上司のことも考え、ある意味温かく見守る態度も示し器の大きいところがありました。

好き嫌いの基準が私にはわかりませんでした。

本当にこれはわかりませんでした。以前紹介した超優秀な10歳年下の後輩は、彼の部下でした。もちろん自分は敵わないほど優秀だということは認めて、それなりの待遇を与えていましたが、えこひいきしている感じでは全くなかったです。私から見ると、別に好きではないけれども、能力を客観的に評価して、それなりの待遇をしているという感じでした。

 

しかし、好きな部下に対しては、明からさまに、えこひいきをして、出世させまくっていました。結局4段階もポジションを上げさせて、自身と同じ部長にさせることをしていました。驚きです。わずか4年の間に4段階もポジションを上げたんですよ。そんなことが可能なのは、その部下がグローバルの偉いさんにも好かれていたのが原因でした。

その好きな部下は、以前紹介した超優秀な10歳年下の後輩に明らかに能力では劣っていると私は思っています。しかも、私の直属の上司である部長自身にも逆らい、かつ悪口まで言ってくる始末でした。それでも、一貫して彼をサポートしていました。この状況をみて、人の好き嫌いとは本当に恐ろしいものだと実感しました。

 

私は直属の上司のせいで心療内科に通うことになる。

兎に角、私への直属上司の風当たりが強くなった時期があります。私としては、反抗的な態度を取ったり、彼をないがしろにすることはしていないつもりでしたし、最終的に彼もそんなことで、私に強く当たっていたわけではないことが後になって判明します。

グループミーティングで、理不尽な指摘で怒られるようになったり、部署の全体ーティングでも梯子を外されたり、内情の痛いところを知っているのに、わざと指摘してくるといった具合です。

さすがに、それには私も閉口して、彼の下でやることが嫌になりました。その状態が3~4か月続き、とうとう心療内科に通うことになります。私の強い希望もあり薬は処方されませんでしたが、職場環境をすぐにでも変えるべきとの医師の診断でした。そのため、診断書も取りました。

 

たまたまグループ内のミーティングで、同じ部署内なら、理由があればグループ間の移動は大いに推奨すると私の直属の上司が発表したので、ここぞとばかりにグループ間移動しようと強く決心しました。

1)まず、今しているProjectの関係で他のグループと関係の強いものがあるので、そのProjectをさらに発展することができるもので、提案書を書きました。

 

2)その提案書をもって、別のグループの部長のところに相談に行きました。正直に、精神的に参っていることも述べました。その時に、私は涙を流して慟哭しておりました。中高年40歳後半(その当時)にもなった大人として、情けないとは思いましたが、自然と涙が出ました。

やはり私は精神的に参っていたのだと思います。その部長は社内で一番の人格者と言われている方です。私の直属の上司の部長の性格も良く知っているので、私の上司とその上の部門長の許可があれば受け入れることは問題ないと言ってくれました。

直属の上司との対決

私が所属する部門長のところに、グループを移りたいと直談判する前に、やはり直属の上司には、先に話をして筋を通しておいた方がいいと思いました。理由としては

ー 基本的にラインを飛び越えて、2段階上の上司に直談判することは推奨されていなかったためです。緊急事態ということにすれば、認められましたが、、。

 

ー直属の上司がある程度話が通じる方だと個人的にも思っていたし、人間としても嫌いではなかったためです。

 

ー直属の上司は、裏でコソコソ動く人間を蛇蝎のごとく嫌っていたので、私も覚悟をもって、直接対話すべきだと感じました。

 

ー有難いことに私の属する会社は超ホワイト企業なので、直属の上司に正直に言って、もしパワハラを受けたり、話を握りつぶされたりしても、助けを求めれるシステムがあり、そのシステムはうまく機能していたためです。

1 on 1 meeting(直接上司と二人きりで話す会合。Projectのことやその他、もろもろのことを話す機会)の際に思い切って話を切り出しました。

その時の私の話のあらすじ

1)「同じ部署内なら、理由があればグループ間の移動は大いに推奨する」とのことだったので、それを利用したい。

 

2)かなり厳しい指導を受けていると感じるので、私が移りたい本当の理由はそれである。具体例を挙げた。

 

3)移るグループは、今私がやっている○○projectと関係のあるグループで、あなたと部門長の許可があれば、移ってもいいと言われている。

 

4)部門長には、あなたの許可を貰ってから話に行こうと思っているので、まだ何の話もしていない。

を伝えました。

その時の直属上司は

かなり動揺して、

「自分の指導でそんなに精神的に参っているとは思っていなかった」

と、本当に、心から動揺し、顔を赤らめて言っていました。

本当に驚いたとのことで、言葉通り私も信じましたし、事実そうだったと思います。

 

「君のことは基本的に好きだ。君には期待していたから、普通の人の3倍ぐらい厳しく言っていた。

→ これも本当だとは思いますが、私は「超優秀な10歳年下の後輩」や「カリスマ同僚」を知っているので、出世欲が低下しており、心には響きませんでした。あくまでの自分のできる範囲で、精一杯仕事をするというスタンスです。

 

● グループを移ることも、部門長に具申することも問題ない

→ 結構男らしいところがあるのです。心底嫌いになれないのが、この男らしさと自分が言った言葉(グループ間の移動は大いに推奨)に、結構な割合で責任を持つことです。

これで、問題なくグループを移れることになりましたと、言いたいところですが、そうはならないのが人生の凄いところです><

 激しい気性であったが、後世、理想的な上司にも選ばれたスティーブ、ジョブズ

 

直属の上司との対決後の顛末

上司の許可を取った、移るグループの部長の許可を取った。あとは、部門長の許可だけです。部門長は、アメリカ人ということもあり、「問題が起こった場合、ちゃんとした解決策を示せば、基本的に承認するのが私のやり方だ。解決策を持ってこないで、どうしましょうというのは認めない。」といつも言っていました。なので、今回は、問題の解決策を持ってきたので、問題ないというのが私の読みでした。

 

で、安心して部門長に話したところ、

部門長
部門長
その移動は既に決まったことなのか?
フロンテ
フロンテ
いえ、あなたの許可で最終化されるので、許可を貰いに来ました。
部門長
部門長
その許可は出せない。上司と一緒に後日、私のオフィスに来い。

(彼なりに頑張っているのに、彼がかわいそうだ)

ということを確か私の前で、つぶやいていました。

はぁ~~~。敵はここにいたのか?梯

子を外されるとはこのことか~~~?

これやから大人の世界はいやじゃの~~~。

どういうこと????

バツが悪かったですが、2~3日後、直属の上司と一緒に、部署長のオフィスを再度訪問して3人で話しました。

部門長
部門長
2人で連れ立ってくるとは、いいね~~~

何を能天気な?と私は心の中で思いましたが、

部門長
部門長
あと半年は今のグループでやっていくこと。

どうしてもグループを変わりたいなら、また直接私のところに来い。

その時は、再度、グループ移動を考えるようにするよ。

と結局言われて終わりでした。

まあ、仕方ないなと思い、サラリーマンなので、指示に従うことにしました。

その後、私の直属の上司は、私への対応を改め、別に私に媚びるわけでもなく、淡々と接してくれました。

私も、彼のことは人間的に嫌いなわけではなく、ある意味尊敬していたので、そのまま、グループにました。

嫌がらせされることもなく、厳しい指導をされることもなく、かといってやさしく対応されることもなく、私としては満足して、何事もなく過ごしました。

嘘のような話ですが、全て事実です。)

正直、超ホワイト企業なので、従業員も余裕があるし、変わっている人でも、世間的にはマトモな優秀な人達です。だから

8か月ぐらいたって、もう上司との対決のこともすっかり忘れたころ、その上司は「部門長が、君のことは大丈夫か?本当に問題なくやっているのか?」

とうるさい位聞いてくると私に行ってきました。

フロンテ
フロンテ
じゃ、直接大丈夫ですと、部門長に私がいいましょうか?

といったぐらいです

 

部門長も非常に良い方で、私に半年は我慢しろと言ったものの、その後私のことを心配してくれていたのだと思います

私は、アメリカ人はドライだから、

「何も言ってこなければ満足している」と解釈するし、

「グループを移る手筈が整っていたら、そのままOKする。」

と思っていました。が、そうじゃなく、人の心を思いやる方がいたのには、少し驚きました。

その後は、上司とは良い関係というか、普通の関係を続け、つつがなく会社生活を送ることができました。

 

フロンテさんはひどい???

部門内の私の親しい知り合いの部長待遇の女性が、だいぶ経ってから、私に言ってきたことがあります。

同僚女性
同僚女性
あなたの上司、あの時にめちゃくちゃ部門長に怒られて見てられないぐらいだったよ!

フロンテさん、部門長に何言ったの?

ひどいんじゃない?

フロンテ
フロンテ
え~~~。俺には何も言ってこなかったよ。上司も部門長も!

おれも本当に追い込まれて、心療内科にかかって、診断書まで出たんやで。

でも、上司のことを思って、それは言わなかったし、会社や組合へも提出しなかったんや。

そこはわかってや。

同僚女性
同僚女性
まあ、雨降って地固まるで良かったんじゃないの?

 

私の上司は、めちゃくちゃ私のことで部門長に怒られたみたいでした。

そんなことをおくびにも出さず、私に意地悪もしなかった上司はすごいなーと尊敬しました。

ヘタレな上司ではないので、信念にそぐわない相手に対しては、例え首になってでも刃向かってくるので、私のことを期待して厳しくしてくれたことは本当なのでしょう。その後、その上司から無視もされませんでしたから。

 

部門長は、上司のことも考え、私の移動を止めたのだと思います。あのような性格の上司なので、グループから出ていきたいと思っていたメンバーが後からもでてきて、グループが崩壊すると思ったのではないでしょうか?今回は、うまく収まってよかったのと、部門長の器の大きさと、上司の人間的にできたところを、垣間見ることができて幸せだったと思っています。

 

中高年で直属の上司と対決するときの心得

1)余程のことでないと、絶対対決はしてはいけない。少なくとも部門を移動する覚悟するか、最悪の場合は、首になってもいいとの覚悟が必要である。

私の場合は、このままだと精神的にやられると思ってので、対決した。

 

2)周りに味方を作ってから、対決すること。

 

3)対決するとしても、感情的に対立するのではなく、相手をよく観察して、和合できることは和合するように努める。相手のためでなく、自分のためでもある。周りから見たら、どちらも評価されないし、うまくやってもらいたいと思われているため。

 

4)私の今回の場合は、非常に稀なケースで、わだかまりもなくうまくいったが、普通はそうならない。

会社に居づらくなることは認識するように!

 

5)結局、対決せずに、うまいこと離れていくのが、サラリーマンとしての一番の処世術である

 

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