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転職

中高年50歳での転職成功後 - 石の上にも3年

50歳での転職成功後 - 石の上にも3年

中高年50歳で職種も違うようになったのに、好待遇で転職できるなんて、まさに天にも昇る気持ちでした。しかし、入社して2~3週間もすると段々と地獄の状況であることがわかってきました。内資系企業とは違って、外資系企業は人の入れ替わりも激しく、じっくり人を育てようという雰囲気はほとんどありませんでした。入社後3年間の間に、上司が4人代わり、部下も4人代わりました。これには本当に参りました><

中高年は初めから即戦力を求められる

「入社したばかりだから、知らなくて、できなくて当然でしょう。」といった雰囲気がほとんどないことがわかってきました。実際に、入社後の1 on 1 meetingである部長から言われたことが非常に印象的でした。

「外資系企業の転職組は、即戦力が求められます。例え入社して1か月しか経っていなくても、既に5年以上はこの会社にいるという雰囲気で仕事ができることが必要です。」

まさに、そうでした。

転職1か月以内に、取引先との交渉を一人で行う。

入社2週間で、東北地方の4か所の取引先との交渉をすることになりました。通常なら今までやっていた業務の内容の把握および引継ぎが必要になります。しかし、業務の内容を把握している大熊さん(仮名)は、私の部下でしたが海外出向中でコミュニケーションがままならない状況でした。その上司で、現在の私の上司である舘さんは、残念ながらその業務に関しては、内容を把握しておらず、私と大熊さんで何とかするようにとの指示を受けました。大熊さんは、海外にいるので、結局私が一人で東北地方の4か所の取引先を回って交渉することになりました。

全く事情が分からず、入社したばかりなので、絶対受講しないといけない研修が沢山ある中、何とか時間のやりくりをして、業務内容の把握に努めました。正直、舘さんには「入社したばかりの私では荷が重すぎるのではないでしょうか?」と申し上げました。すると舘さんは、「4つの取引先は、すべて私の良く知ったところなので、心配することはないよ。東北地方で、おいしい食べ物とお酒を堪能してください。」とのことでした。いままで、大手内資系企業にいた私は、そんなものかと思い、馬鹿正直に一人でノコノコと出かけていきました。

強烈だったのは、一つの取引先で、依頼した手順書に関する細かな内容に対する質問でした。「概要を話して、挨拶してまずは顔を覚えてもらってください。」との指示しか舘さんから受けていなかった私は面食らいました。

私:「正直、転職して1か月も経っておりませんし、詳細を知る担当者は海外におりますので、確認してから折り返し、御連絡させていただくことで宜しいでしょうか?」

 

相手:「え、君は何しに来たの?舘さんはなぜいらっしゃらなかったの?」

 

私:「申し訳ございません。弊社の舘は、別件の重要な案件がございまして、本日は同行できないことを残念がっておりました。」

 

相手:「君、大丈夫か?どこの会社から転職したの?」

 

私:「○○株式会社です。」

 

相手:「あの大手か?まあ、仕方ないということにしておきますが、今度来るときはこのようなことがないように。かつ、手順書に沿って、実際のデモンストレーションも宜しくお願いします。

 

私:「かしこまりました。どうも申し訳ございませんでした。」

平身低頭謝って、何とか事なきを得ました。前社が大手の内資系会社で良かったとマジで思いました。前社は、この取引先とも取引していたので助かりました。これが聞いたことのない会社だったら、相手は確実に怒っていたと思います。それなりの会社でやってきた人だから一人で来訪させたんだろう。今回は大目に見ておくかとなったようです。

これが聞いたことのない会社だったら、「君では我々の担当は無理でしょう。」となっていたと思います。それもあって、この会社に転職してくる方の前社は、かなり著名な大手企業の方が多いのが納得できました。

転職2か月で戦略会議の主催者としてすべての責任を負わされる。

次長職で入ったので、戦略会議体の主催者として役割を担うことになりました。正直、部下の大熊さんが運営していたので、それなりのものでした。上司の舘さんが責任者だったのですが、1年弱の運営責任者で、私にバトンタッチしたことになります。ビジネス部門、事業化部門、研究開発部門が集まった戦略会議体でしたが、議事録も用意されておらず、雰囲気としてはちゃんとしてくれといったネガティブな感じでした。

舘さんや大熊さんからは特段の引き継ぎもなく、ある意味私がやりたいようにできる状況でしたが、会議への出席率も悪く、実質、戦略会議がうまく機能していないと感じました。舘さんと相談しましたが、「あなたが、そのために雇われたのです。」と言われると返す言葉もなく、全力で自分なりに改善していくしかありませんでした。

3年後の今では、雰囲気もすごく良くなり、戦略を決めるための無くてはならない会議体に成長しました。更に、多くのメンバーを会議体に招聘することができるようになりました。私にというか、私の役割に物凄く批判的だった戦略会議体のメンバーとも今では無くてはならないパートナーのようになれて、心から良かったと思っています。

 

脚を引っ張ってくる周囲

入社した当初は、アウエィ感が半端なかったです。右も左もわからない中で、責任と面倒な仕事が回ってくるポジションだったので、それはすごかったです。私は今までと違う職種でよくわからない状況でした。今から思うと、たとえ今までと同じ職種だったとしてもかなり厳しい扱いだとしか言えなかったです。

詳細は割愛しますが、明らかに人を貶める意図で、自分のやりたくない仕事を上長を通して、私に押し付けてきて、文句を言ってきた同僚がいました。その同僚は、私だけでなく周りからも不評だったこともあり、何年かして転職していきました。その同僚が転職したときは、本当に良かったと胸をなでおろしたものです。

大手の内資系会社のぬるま湯の中で生きてきた私には、生き馬の目を抜くような外資系会社は、急に熱湯に入れられたようなものでした。その中で、何とか耐えて、土曜日、日曜日、祝日も、ほぼ家で仕事をしていました。慣れない仕事に必死に食らいつくために、あの当時は必死でした。

 

辞めたいと家内に言い続けた

上司の舘さんが私に言った言葉で未だに忘れられないものがあります。

「この会社は、入社する際にはどうぞどうぞと言ってくれるけど、いざ入社したら自分自身の会社での存在意義を自分で探さないとけないのです。」

つまり、以前の経歴に即していなくても、与えられた仕事で成果をださないと、平気で評価を下げて首を切るというメッセージです。部署が違うけれども、私と全く同じポジションで転職してきた人は、試用期間中の3カ月後に、実質のクビを言い渡さえて、会社を去っていきました。その方は、慣れない仕事に対して全くサポートがないことに、不満を言い、泣いていました。結局自分から動いて、何でもいいから成果をださないと、消されることが身に沁みました。

正直、とんでもない会社に入社したと思いました。実際、入社1年以内に通勤の電車の中で立ち眩みがして、へばりこんだことが2~3度ほどありました。冷や汗をかいて、本当に動けなくなり、駅員さんの助けを借りて病院にいくしかないかと思ったぐらいです。このままだとダメになるのと、あまりにも殺伐とした酷い会社だったので、家内には辞めたいと言い続けていました。

「私が電車に飛び込んで自殺するのと、会社を辞めるのがどちらがいいか決めてくれ。」とまで言うほど追い込まれていました。ただ、家内は辞めるのはいいけれども、次に行くところを見つけてから転職してくれと一歩も引きませんでした。小学生の子供を二人抱えている状況なので、当然と言えば当然かもしれませんが、現実とは家族の間でもこんなものです。中高年の自殺が1万人以上も毎年出ていますが、私のように追い込まれてにっちもさっちも行かなくなったんだろうなと思うと、とても他人事とは思えませんでした。

 

入社が決まった時は、天国だったのに、実際入社して1年間は、まさに地獄で針の筵に座らされているような状態でした。50歳になってまで、このような状況に追い込まれるとは夢にも思いませんでした。転職なんかせずに、あのままジリ貧の事業所にしがみ付いていたら良かったと心から思ったものです。

 

しかし、3年いると居心地が良くなってきた。

小学生の子供が二人いて、家内は専業主婦なので、私が仕事を辞めるわけにはいきませんでした。大手外資系企業だけあって、ブラック企業ではなかったので、我慢していたらそれなりの展望が見えてくるのではないかとの希望は持っていました。

  1. 周りに誠実に接し、仕事も真摯に取り組むと、協力者してくれる人が出てきました。
  2. 外資系会社で、上司も部下もコロコロ変わるし、転職で辞める人や入社してくる人も多いので、次第にアウエィ感がなくなってきました。同じチームのメンバーも私より後から入社した方が、半数を占めるようになってきました。すると、私の方が以前の状況をよく知る立場となり、足を引っ張ってくる人もいなくなりました。
  3. 私に無理難題を押し付けてきたメンバーも、嫌がらせではなく自分ができないから、うまいことして責任を転嫁して仕事を押し付けてくることがわかりました。その場合は、周りにも根回しして、その仕事を受けた際のダメージをできるだけ少なくするようにしました。
  4. 長く会社にいると、色々なことが見えてきて、どうしたら生き残れるかが朧気ながらわかってきました。
  5. 逆に、在籍期間が短いと、この会社は地獄だということがわかり、他の外資系も同じ状況だろうから、絶対この会社にしがみ付いていこうと気持ちになりました。

周りを見ても、在籍期間が長い社員は、嫌な仕事を回されたり、損な役回りをさせられたりすることなく、比較的自由に仕事をしていることがわかってきました。本当に、石の上にも3年とはよく言ったものです。

ただ、この会社に入ってから、今入社して何年目だということは非常に意識しています。まずは最初の目標の3年は勤めることができたので、次の目標の勤続5年を目指しているところです。

今振り返ると、現在勤務している会社は、完全はホワイト企業で、典型的な外資系大手企業です。なので、大手内資系企業とはかなり違うところがあり、時間がかかるのは仕方なかったと思えるようになりました。

 

まとめ

  1. 中高年50歳で転職して、次長のような管理職につくと、いきなり何のサポートもなく、初めから即戦力を求められた。
  2. 周りは冷ややかに観察しているので、できるだけ早く自分自身の実績となるものを作り出して周囲に認められないと、露骨に足を引っ張られた。
  3. 家族に弱音を吐いてもいいから、会社を辞めない、転職しない。
  4. 3年を過ぎると、段々と会社での居心地が良くなる。

 

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