即金4000万円のリストラ離婚後の転職
リストラ離婚で即金4000万円渡し、仕事と家庭を同時に失った管理人
転職

中高年 リストラ転職 - 変化を愛そう^^

中高年 リストラ転職 - 変化を愛そう^^

私が高校生の頃、研究の職種は、時代の先端をいく花形でした。そのため、私も研究に憧れ、その道を究めようと、結局大学院にまで進学し、博士号を取得しました。今は、結局、研究から離れ、それに近いけれども、実質は全然違う職種である開発に携わっています。やはり、時代の変化に従って、職種を変えていかざる負えませんでした。ただ、自分自身ではヒトより先んじて、時代の変化に適用しているつもりでした。しかし、後から振り返ってみると、時代の変化のスピードの方が遥かに早く、時代に追い付いていなかったことを、最近になって実感しました。

大学での研究職  →  企業での研究職  →  企業での開発職

このように、時代に合わせて私も職を変えていきました。変化を愛そうとする努力をしてこなかったことを、今になって少し悔やんでいます。その後悔もあり、中高年のサラリーマンの皆さんには、難しいかもしれませんが、「是非、変化を愛してください」とお伝えしたいのです。

現状維持を目指してしまう

40歳の時の事業所の完全閉鎖の時に、今後携わるべき職種のことを迷いました。もうジリ貧のその当時の研究職種は、先が見えていると判断して、今後より重要性が増していく開発の職種に飛び込んで行ったら良かったと、今振り返れば思います。しかし、その時は、大学での研究職から、企業での研究職に転職したばかりで、あくまでも企業での研究職にこだわってしまいました。

大学生になった時に、研究室に配属されて嫌でも研究をしないといけないかったのですが、研究の面白さに魅せられたというか、なんか高尚なことをしている自分に酔ってしまったんだと思います。そして、名誉もある大学での教授職を目指そうと本気で思いました。若いというか、私も向上心と世界に通用することがしたいという野心があったのだと思います。

その後、大学教授という名誉職ではなく、実入りの良く、人間的な生活のできる企業へと転職したのです。

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大学から企業へ転職するときも大きな葛藤がありました。同じ研究職という職種であるにも関わらずです。

フロンテ
フロンテ

研究とは、利潤のために行うものではない。

フロンテ
フロンテ

自分自身の興味を追求するために行うものである。

という変な発想に凝り固まっていました。その決断をしたのが、39歳の時でしたから、もう頭が凝り固まっていたのも仕方がないのかもしれません。まさに、清水の舞台から飛び降りるつもりでの決断でした。

フロンテ
フロンテ

自分はこのまま、大学で仕事をして、教授になったとしても幸せになれない。

と心の底から湧き出てきた直観に従った形になりました。今、振り返れば、良い決断であったと確認しています。

ただその時は、企業の研究職に就職したので、「自分も落ちぶれたな><」と感じたものです。実際に、「金に転んで企業に行ったのか?」とあからさまに非難してきた方もいました。

なので、40歳の時に、企業の研究職から、企業の開発職に転職するという考え方は全くなかったです。この外資系企業の研究関連の事業所の閉鎖は、

フロンテ
フロンテ

私に、大学の研究に戻れというメッセージではないか。

と悩んだぐらいです。私にすれば、これでも必死に時代の変化に適応していこうとしていたのでした。そのため、研究の仕事自体はなくならないと考え、外資系企業ではなく、内資系企業に入社したのでした。まさか、内資系企業でも、日本の研究関連の事業所を閉鎖して、研究の最先端である米国に移すとはびっくりしました。まあ、将来的に米国に移すことがあったとしても、私が定年退職してからだろうと、安心してかかっていました。これも、私が時代の流れの速さを読み違えたと思っています。世の中の変化は、日々の生活では目に見えないので、変わっていないように感じますが、実際は猛スピードで変わっていることを最近実感しています。

私の子供の頃、お正月に行っていた羽子板や凧揚げを、やる子供を見かけることはほとんどないですから、確実に月日は、人々の生活や仕事環境を大きく変えて行っています。

 

新しい世界に飛び込むリスク

中高年になるとできれば、新しいことをしたくないという意識が働きます。特に、今までやってきた仕事でコツを掴んでいることを、辞めて新しいことをするのは恐怖でしかありません。そのため、どうしても、今までの仕事と関連した仕事をすることになります。

中高年が新しい世界に飛び込めない理由

1)  今までの仕事のノウハウを生かせるものでないと、今まで積み上げたものは何なんだったのかと無力感に襲われます。

2) 年を取っているので、物覚えも悪くなっているため、どうしても新しいことには億劫になってしまいます。

3) 今まである程度成功してきているのに、全く新しいことをしても成功するとは限りません。なので、そのようなリスクを取るのは得策ではないと考えてしまいます。

4) このように、論理的にも肌感覚的にも、変化を求めて新しいことを始めるのは、中高年にとって、大きな心理的ハードルもあります。また、今までの蓄積された経験も、仕事上では大きな利点になるので、変化を好まないのが、私を含めて正直なところです。

実際に、40歳で日本の大手企業に転職した時は、子供の頃に親から耳にタコができるほど聞かされていたので、「これで私も、もう一生安泰だ。良かった。」と安堵した感覚がありました。子供の頃に刷り込まれたことは、本当に中高年になっても、なかなか体から抜けないものですね。

 

気力、体力の衰え

中高年になると、新しいことを始めたり、挑戦することに関して、厳しいと感じるようになります。これは、年齢による体力の衰えや気力の低下が関係していると感じます。

私が20代の時は、海外生活に憧れていました。そのため、結局、研究者として仕事をして、アメリカで数年間生活したことがあります。その当時は、英語もほとんど話せずに、最初の1年目は給料も出なかったので、自分で給付される奨学金に応募して、採用されることで何とか生活を始めました。しかも、前の嫁さんと結婚したばかりで、子供ができていなかったのが唯一の救いでした。何もかも新鮮で楽しかったですが、今思えば、苦労の連続でした。

住むアパートも友人の力を借りながら自分で契約して、ガス、電気、水道、現地での車の免許の取得、車の購入等、数え上げれば、しなければならないことはキリがなかったです。しかも、アパートを借りる前に、安いホテルで生活していたのですが、泥棒に入られて、家内と私のスーツケースを2つとも盗られてしまいました。貴重品は身に着けていたので、大事に至らなかったのですが、本当に大変な想いをしました。警察を呼んでも、英語も流暢に話せないため、まともに取り合ってもらえなかったです。何とかポリスレポートだけは貰って、盗難保険でカバーしたのを覚えています。私が採用された大学の研究室の教授は、「大変だな。古着屋を教えてあげるから、古着を買えばいい。」とつれない感じでした。1年間奨学金でタダ働きするのだから、何らかのサポートがあっても罰は当たらないのにと思ったものです。

それでも、アメリカ生活は、輝いていて本当に楽しいものでした。それ以外にも、そのアメリカの大学で、成果を出して、論文にまとめて出版しないと、今後の生活が危なくなるという大きなプレッシャーがありました。今、思えば良くやったものです。当時は20代でバリバリ気力もあり、体力も十分あったので、寝る間も惜しんで研究して、成果を上げることに全力を上げていました。不思議と失敗する気が全くしませんでした。新しいことに挑戦している自分に大満足していました。

 

ところが、50歳の時に、今度は大手企業の駐在員として、それなりの給料も3年間保証されて、引っ越し費用も、滞在用のアパートも全部面倒をみてくれる形で、赴任しないかという話を貰いました。20代の頃の条件と比べれば、正に月とスッポンの好条件です。しかも、アメリカでの生活の経験も既にあるので、リストラ退職するよりは条件が各段にいいです。しかし、その時は、またアメリカ生活をして、現地生活になれようとは思いませんでした。子供も二人いたので、子供たちが英語を学ぶ環境としては抜群です。しかし、3年後に職が保証されていなかったことが大きなネックだと思っていました。アメリカに残るつもりがないので、また日本に帰国して、職探しをして一から始めないといけないことも決断を躊躇させる大きな要因になりました。今の家内の反対もあって、結局、挑戦しませんでした。20代の時なら、後先考えずに、新しい挑戦を喜んでしていたと思います。なぜそんなことになったかと言えば、気力的にも体力的にも気が進まなかったのが正直なところです。

 

このように中高年になると、どうしても変化を避けて、現状を維持しようとする方向に行動してしまいます。私の場合は、気力や体力が追い付かないことが大きな原因でした。

 

不変なもの

世の中は移り変わっていきます。世の中で不変なものは、逆説的に聞こえるかもしれませんが「世の中は変わっていく」ということです。つまり、「世の中が変わっていくこと」を受け入れないということは、あり得ません。これを受け入れずに、現状にしがみつこうとする中高年サラリーマンには、失業という悲しい現実が訪れるかもしれません。

なので、嫌々変化を受け入れるというよりは、積極的に変化を受け入れ、変化を愛することをお勧めします。変化から逃げるよりも、変化に自分から立ち向かっていく方が、恐怖心はずっと小さくなります。

中高年サラリーマンの認識として、変化を愛して、変化を先取りしていく気持ちを大切にしてほしいと思っています。私も50歳の頃、この変化を愛する姿勢を持たないといけないと思ったために、今までの多くの経験と業績のあった研究職事態に見切りをつけて、開発職に思い切って飛び込んでみることにしました。今から考えれば大正解でした。この開発職だと、事業所の閉鎖はまずないので、外資系企業の厳しい退職勧告差受けなければ、定年退職するまで働くことができます。研究職で、不本意な事業所閉鎖を2回も体験した私からすれば、変化に適応して、開発職につけて本当に良かったと思っています。

 

今からでも遅くありません。世の中の変化を愛し、それを先取りする気持ちで行動に移していってください。この変化を愛する行動によって、輝く未来が中高年サラリーマンに訪れることを心からお祈りしております!

 

 

 

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