即金4000万円のリストラ離婚後の転職
リストラ離婚で即金4000万円渡し、仕事と家庭を同時に失った管理人
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管理人の小学校高学年時代

管理人の小学校高学年時代

私は小学校4年生の時に転校しました。刃物のような奴だと言われ、協調性がほとんどなかったのですが、新しい学校ではその態度を改めようと、子供心にも思ったものです。一番の理由は父親からのことばです。

父
そんな生き方を辞めて、要領よく生きた方が得や!

その方が楽に生きれるで!

生まれも育ちの大阪人の私は、「損得」には非常に敏感です。なので、尖った生き方を辞めて、表面上は柔和に生き方にしようと、心に決めたのです。

 

転校

同時期に、同じ地区に住んでいる同学年の女の子も転校してきました。佐藤さん(仮名)という背の高く、スタイルの良い美人さんでした。ただ、性格的に私とは合わなくて、全く恋心とか、好きにはなれなかったです。どちらかと言うと、お高くとまっている東京から来た感じのお嬢さん風でした。(出身がどこかは知らないが、親が自営業でそれなりに裕福でした。

なにかと、佐藤さんと私は比べられました。社交性があって、クラスに馴染むのが早かった私の方が褒められたのをよく覚えています。あと、私は自分で言うのも何ですが勉強ができた(地方の公立小学校の1クラスの中なので、大したことはない><)ので、クラスで浮くことはなかったです。あと、尖った感じを出さずに、無理にでも表面上は協調性を出すようにしたのも、功を奏しました。

転校してからは、おとなしくしていたので、非常に穏やかな小学校生活を過ごすことができました。父親の心に響く助言のお陰です。

自殺した担任

黒縁眼鏡をかけた物静かな理科の好きな男の先生が小室(仮名)先生でした。私は、小学生に元素記号を使って、理科の説明をしたりするので、非常に尊敬していました。ただ、暗い感じの先生でした。

担任の先生は、給食を私たち生徒と一緒に食べるのですが、その時、あまりしゃべらずに、周りの生徒の様子を伺っていました。その時の会話やクラスでの存在感から、生徒たちを評価していました。私としては、その時に色々と言ってほしかったのですが、その時には何も言わず、評価の時に、急に持ち出してくることに違和感を感じていました。

なんか、嫌な感じと思った記憶があります。実直で真面目な先生のイメージでしたが、暗くて、笑顔はあまり見せない先生でした。

私のクラスの担任から外れて、1年後ぐらいに、自殺されたという噂を聞きました。本当にびっくりしました。子供心に、人生は何が起こるかわからないと、感じました。あの時はほど、自殺を身近に感じたことはなかったです。自分の担任だった小室先生が自殺したんですから。そして、噂でしか自殺したという話は回ってこなかったですし、原因がないかも未だに知りません。あの当時は、自殺は恥だったのか、必死でかくしていました。

ただ、小室先生の暗い性格が、自殺と関係しているなと、子供心に思ったので、自分はできるだけ明るく生きて行かないとヤバいと心から感じたのもその時でした。

小室先生の御冥福を心からお祈りしたいと思います。

 

 

放火された音楽教師

音楽の先生で、ヒステリックな細田(仮名)という女性の20代後半の先生が来ました。生徒の間では、ホソババと言われて、恐れられ、忌み嫌われていました。音楽の授業で、自分の気に入らないことがあると、金切り声で怒鳴りたてて、指揮棒やドラムのスティックを投げつける先生でした。生徒に暴力を振るうこともありました。当時でも明らかにやりすぎで、異質な存在で、生徒たちに恐れられマジで嫌われていました。今なら、教育員会で絶対に問題になることをやっていました。

ホソババには、婚約者がいたのですが、結局は結婚できなくて、未だに音楽教師をつづけていているという噂がまことしやかにささやかれていました。当時で29歳と言ったら、完全に行き遅れ(死語で、もう結婚できないことを指す)、そのフラストレーションで、生徒たちに八つ当たりしまくっているとの話がありました。兎に角、すごい厚化粧で、ちょっとしたことでヒステリックに金切り声で怒りまくるのには、私も閉口していました。

ある日、音楽室のカーテンが燃えていました。それを私の友達が発見して、すぐに、消火されて大事には至りませんでした。ホントの少しのボヤという結果でしたが、発見が遅れれば、大きな火事になって、音楽室が全焼するところでした。音楽室は、音楽の先生であるホソババと生徒しか使わないので、ホソババに恨みのある人の犯行でと推察されました。それにしても、放火するとはよっぽどのことだと驚きました。結局犯人は見つかりませんでした。

ただ、ホソババは相当ショックを受けたようです。そのショックで反省して、ヒステリーを止めたということはなかったと記憶しています。ホソババのヒステリーは病気だと生徒の間でも有名でした。このヒステリーのために、婚約者とも結婚できなかったと噂されていました。今振り返ると、マジで病気だったんでしょう。

まあ、ヒステリーを起こして理不尽に生徒に金切り声を上げて、物を投げたり、暴力を振るったりするなんて、犯罪でしょう!こんなことが昭和時代は許されていたなんて、恐ろしい時代です。放火するほど心を病んでいた児童がいたというのが、何よりの証拠です><

 

お盛んな6年生の時の担任

同じ体育教師の20代の先生に手を出す

これは私が6年の時の担任の先生だったスナオ先生(仮名)の話です。小学校で体育が得意な先生でした。金縁の眼鏡、金歯、金時計と笑えるような先生でした。40代前半でしたが、結構、親分肌で、面白いことを言う、格好いい先生でした。

スナオが何を思ったか、クラスで勉強の出来る5人を休みの日に模試に連れていくと言ってきました。模試のお金はもちろん各家庭が払わないといけなかったのですが、???でした。しかも、クラスで成績の良い5人だけって、今考えればエコひいきで大問題になりかねません。私は中学受験する予定もなかったので、断ろうと思えば断れたのですが、担任の先生がわざわざ声をかけてくれたのだから、普通の模試とは違って大きな意味があるのだろうと思っていました。

しかし、当日、スナオひとりではなく、同じ体育教師のかわいらしい20代の先生も一緒でした。私は、なんでだろうとは思いましたが、小学生なので深く考えていませんでした。模試が終わって、その模試が特に素晴らしいということもなかったですし、スナオが成績を聞いてくることも、私に中学受験を勧めることも、更に同じ模試の最終中学受験テストに連れて行ってくれることもなかったです。

今、考えると、どうもそのかわいらしい20代の体育の先生と不倫していたとしか思えません。会場に送って、帰りピックアップしてくれたのですが、小学校6年生なら一人でも行けます。わざわざ二人の先生で引率するのはあまりにも不自然です。5教科のテストでしたから、結構な時間があったので、その間少なくとも二人でゆっくりとデートする時間はあったとしか思いません。

もう、わざわざ教え子の模試テストで、このような機会に使うのは辞めてもらいたいものです。中学受験した方がいいと本当に思っている訳でないのに、私を誘い出すのは期待するので辞めていただきたいです。私の心の中では、中学受験したかったのですが、両親がそんな裕福ではなかったので、させて貰えませんでした。

もしこの模試で成績が良かったら、スナオが私の両親に中学受験を勧めてくれるのかと期待しました。しかし、成績すら気にしてもらえませんでした。ショック!です。

真相は本人には聞いていませんが、疑わしい行動だったことは間違いありません。

 

教え子に手を出す

スナオには、私は結構かわいがっていただきました。小学校の卒業式の時に、「お前だけは、成人になったら、俺のところに尋ねてきてくれ。どんな大人になっているか本当に興味あるから。」と言われました。以前には、

スナオ
スナオ
お前はサラリーマンにしかならん。

と言われ、同級生からは、

同級生
同級生
夢も希望もある小学生に対して、担任の先生が、夢のないサラリーマンにしかならんというのはよっぽどや!

怒らなあかんぞ!

と言われたのを今でもはっきりと覚えています。

と言っても、スナオのことは私は好きでした。おもろい、人間味のあるいい先生だったと思います。

模試に行ったその当時の同級生のヒノマサと一緒に、22歳ぐらいの時に、スナオと飲みに行きました。結構感激してくれていました。たまたま、ヒノマサと私は一緒の大学だったので、繁華街で飲みました。スナオは、小学校の近くの飲み屋が良かったと言っていたのが、印象的でした。

あと、私の小学校時代の同級生の女性と、関係を持って、

スナオ
スナオ
えらい高くついた。

と言っていました。その女性は、バツイチで、

「先生、泊まって行って!」

と言われて、泊まったら、そういう関係になってしまい、その後別れるためにだいぶお金を使ったと、ヒノマサと私に言っていました。

「やっぱりな~~~」

と私は、心の中で思っていて、模試の時の女性体育教師ともそんな関係になったんだろうな~~~と思っていました。

スナオ曰く、

スナオ
スナオ
年取ったら、全然おもろないで!若いうちや!

全くモテへんようになる。お金払ったら、チヤホヤしてくれるだけや!悲しいわ!

凄い先生やな!

憎めない愛すべき6年生の時の担任の先生でした。この先生に出会えたことは、私の宝物です!昭和の時代は、ホソババのような最悪な先生もいましたが、スナオのような素晴らしいい人間味のある先生もいました。どちらも昭和時代が生み出した規格外の先生でした!

校長先生から怒られた!

ヒノマサと私の読書感想文が優秀だったので、昼休みの時間に、放送室から全生徒に向けて発表するように言われました。1学年4クラスしかありませんでしたが、その中で2名だけが選ばれました。その2名がスナオのクラスの私達だったからびっくりです。非常に名誉なことなのですが、その当時は、わざわざ昼休み時間に放送室で放送しなければいけないので、正直嬉しくなかったです。

気心の知れたヒノマサと二人だったので、笑かしながら読書感想文の放送を、全校生徒向けに昼休みにしました。放送室で2人きりだったので、全校生徒相手に話している感覚は全くなかったです。ただ、いつものようにふざけ合っていた感覚でした。

ただ、それが校長の耳に入ったから大変でした。スナオにえらい怒られて、校長先生の前に謝りに行かされることになりました。なかなか校長と話す機会はなかったのですが、

校長曰く、

「今後は気を付けるように!全校生徒の模範となるべきあなた達が、このようなことでは困りますよ!」

私は心の中で、「優秀な読書感想文に選ばれたばかりに、えらいとばっちりで損した」とあまり反省はしていませんでした。

「6年生やから今度はないもんね~~」

と、学校で何してるかわからん校長のお説教を聞いていました。今思えば、校長と直接話せるすごい機会で、感謝すべき思い出です。

転校してからの、小学校生活は、ホソババを除けば完璧に素晴らしいものでした。

 

 

 

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