即金4000万円のリストラ離婚後の転職
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管理人の中学校時代 - 後編

管理人の中学校時代 - 後編

私が所属していた「積木くずし」中学は、典型的な不良の巣窟の中学で、今では絶対にありえないとんでもない中学でした。今は、その「積木くずし」中学は、まともな普通の中学になって、私がここで記載しているようなとんでもない問題は起こっていないことを申し添えておきます。

 

体育中お金が取られる

中学生になると、中学校に購買があって、昼ご飯を現金で購入することができたので、中学校に必要最低限のお金を持ち込むことはOKでした。当時なので、今のようにキャッシュレスの概念自体浸透していなかったので、現金を持っていくしかなかったです。体育の時間になると、男子と女子が別れて、別々の教室で着替えて、その教室に脱いだ衣服や貴重品を置いておくことになります。体育が終わると着替えて、また元の教室に戻ります。

その体育の時間に教室に忍び込んで、片っ端から貴重品や現金を盗んでいく不良たちが、「積木くずし」中学には、当然いました。私も何回か被害に遭ったので、体育の授業の時には、お金は一切持っていかなくなりました。当然ですよね。盗まれるのがわかっていて、お金なんか持っていけないですから。アメリカのように鍵のかかるロッカーがあれば別ですが、「積木くずし」中学にはそんなしゃれたものはなかったです。

証拠がないのに、なぜ不良たちがお金を盗んだと私が言い切っているかと言えば、盗んだ本人が私に言ってきたからです。

不良
不良
フロンテ、お前はお金持ってこない奴やな?
フロンテ
フロンテ
はぁ、何のこと?
不良
不良
体育の時、お前の財布を貰ったけど、たった55円しか入っていなかったぞ!
フロンテ
フロンテ
購買で菓子パン1個買う分だけのお金しか持ってきてないからな。
不良
不良
せこい奴や!お前のイマイチな安物の財布返したろうか?
フロンテ
フロンテ
いや、もうええわ。

どうせ、教師に言っても何もしてくれへんし、チクったと言われて不良たちからひどい目に遭うのもいややから、そのままの泣き寝入りです。まあ、55円とオマケで貰った安物の財布なので、大したことないので、そんな悔しくもなかったです。ただ、ろくでもない中学に来てしまったという想いは、募るばかりでした。

 

注意すると転校せざる負えない

東奥(あちおく:仮名)という結構体格の良い正義に溢れる男子生徒がいました。何を思ったか、不良の船越(仮名)が机に落書きしているのを注意して、その不良とつかみ合いの喧嘩になりました。1対1だと、東奥は船越の攻撃を避けて、受け身で交わしていました。東奥が学級員長だったこともあって、注意したのだと思いますが、辞めとけばいいのに、結構大ごととなりました。船越を含む不良たちは、10人近くで徒党を組んで東奥に仕返しの機会を伺うことになります。仕返しと言っても、正論を言った東奥が狙われるのは、絶対おかしいですが、それがこの腐った「積木くずし」中学の所以です。

その時の担任の女性の先生が何を考えているのか、火に油を注ぐような発言を、船越を含むクラス全員の前でしていました。

女教師
女教師
東奥くんは、空手を習っていて、本気を出せば、船越くんを倒すことができたのだけれども、武士道で、相手に怪我をさせないために、じっと受け身で耐えたんです。

本当に、素晴らしい態度だったと思います。

これに、船越や他の不良たちが反発しないわけがありません。

不良
不良
上等じゃん、ならタイマン(1対1)で、手加減なしで思いっきり、やったるわ!

で大変ことになります。東奥くんは、「積木くずし」中学に来れば、不良に狙われることになりました。また、その対策が、お粗末でした。

クラスで、体格の良い3人の男子生徒に、その女教師は、

女教師
女教師
東奥くんがトイレに行くときや、校内を歩く時は、護衛するように!

東奥くんも、この中学校内を一人でうろうろしたりしないようい!

と言い放ったのでした。私は、

フロンテ
フロンテ
頭が悪いにも程があるな!

こんなんがうまくいくわけないやん。

と、信じられない気持ちでした。

結局どうなったか?東奥は、船越の不良たちにスキを突かれて喧嘩を売られ、非常に居心地の悪い中学校生活となります。東奥がおおきな負傷することはなかったのですが、陰で結構やられていたんではないかと思います。そして、この注意事件があった4カ月後に、東奥は転校していったのでした。

結局、教師は真面目な生徒を守れず、今回も不良が幅を利かせたことになったのです。こんな中学校だと、正論を言う気にもなれないですし、先生は全く信用できず、自分の身は自分で守るしかないことが、身に染みた事件でした。

東奥が、新しい中学で幸せな学校生活を送ってくれていることを願ってやまなかったです。それでないと、あまりにもかわいそう過ぎます。

ろくでもない不良と、それに適切な対応ができないろくでもない先生のせいで、正しいことを行った学級委員長が、中学でひどい目に遭い、不本意な転校をせざる負えなかったのですから。今から考えれば、東奥の両親は、東奥のために転校するという勇断をしたのですから、東奥は、中学校には恵まれなかったけれども、ご両親には恵まれたんだな~と少しホッとした当時のことが蘇りました。

 

 

シンナーで二人の不良生徒が死ぬ

私が中学1年生の時は、中学3年生のいるトイレには、シンナー臭くて近寄れなかったです。それは、不良たちが学校のトイレでシンナーを吸っていたからです。不良がいるとシンナーの匂いでわかるので、シンナーの匂いのないトイレに行くことで危険回避をしていました。たまに、シンナーの匂いの残っているトイレで、小便をするときは、鼻をつまんで口で息をしていました。

そんな無茶苦茶な中学だったので、3年生の不良男子生徒二人が、中学校の美術室の大きな棚の中で、シンナー中毒で死亡していました。もちろん警察沙汰になり、新聞にも掲載されました。

この事実からもわかるように、冗談でなく本当に怖い中学で、不良たちも命を懸けて(?)、ツッパリしていました。なので、私もマジで怖かったです。不良たちを怒らせると、良くて転校、悪い場合は負傷して、命に関わるような怪我をすることも有り得ると、その当時は肌身で感じていました。なので、私はできるだけ、関わらないように、目立たないようにして、中学時代を過ごしていました。

シンナー吸っている不良は、タバコも吸っていましたが、やはりシンナーのほうが強烈なんでしょうか?薬物中毒のように、シンナーにのめりこんでいって、最終的には身を滅ぼしてしまったのでしょう。

 

 

先生が角材で殴られて重体

美術の我聞(がもん:仮名)先生という堅物で偉そうな50代ぐらいの先生がいました。戦前にいた鉄拳制裁も辞さない、生徒の言うことは全く聞かない、先生の言うことは神様のいうことだと言った先生がいました。我聞先生の凄いところは、不良たちに対しても同じ態度を取っていたことでした。何度も言いますが、不良たちも命を懸けてツッパリしているんです。お笑い番組のような軽いノリが許されるような状況ではありません。我聞先生の態度に、我慢の限界を超えたツッパリ達は、我聞先生と直接対決します。

不良
不良
うるせいんじゃ!くそ我聞!
我聞先生
我聞先生
こら何言っとるんや!謝らんかい!

とツッパリの一人が我聞先生に殴られます。

不良
不良
調子乗んな!ぶっ殺すぞ!

」と背後にいたもう一人のツッパリが、木の角材で我聞先生の後頭部を思いっきり、殴りました!我聞先生は、そのまま倒れて意識不明の状態でした。ふたりのツッパリから、

不良
不良
寝てる場合ちゃうぞ!俺たちに謝らなあかんのちゃんか?

先公が、生徒に手を出すとは何事や!

そこで反省しとれ!

その後足蹴りされて、唾を吐きかけられたとのことです。その状況に気が付いたほかの先生たちが、異様な状況に、救急車を呼び、何とか一命はとりとめました。しかし、半年の入院と、後遺症で視野が非常に狭くなったとのことです。

ここまで来ると、警察介入を良しとしなかった「積木くずし」中学校でも、警察を呼び対処しました。我聞先生が殺されるところだったので、もちろん、当然の措置です。木の角材で我聞先生を殴ったツッパリは少年鑑別所に送致され、「積木くずし」中学校には復学することはありませんでした。

このように、ツッパリは、手加減を知らないという意味で、ヤクザよりも怖い存在なのです。我聞先生が悪いわけではないかもしれませんが、いくらツッパリと言っても、先生が暴力を振るうのは、慎むべきです。

ツッパリは、ヤクザと同じでメンツを大切にします。先生に殴られて、ノコノコ引っ込んで反省することはあり得ません。必ず反撃されます。

我聞先生を個人的には、高圧的で生徒を下僕と思っている嫌な先生と感じていたので、私は好きではなかったです。しかし、意識不明の重体になられたことに関しては、本当に同情します。

その後、職場復帰されて、美術の先生を続けられたのは、凄いと尊敬します。そして、この件があってから、生徒に鉄拳制裁を振るうこともなくなり、我聞先生本人もいろいろと考えられたのだと感じました。

 

のこぎりを振りかざし、乱入してきたオッサン

「積木くずし」中学の校舎は、比較的大きな道路に面していました。なので、不良たちが面白がって、校舎の窓から、通行人にめがけて、水の入った小さな風船を投げつけていました。

非常に危険な行為ですが、一般人は、不良中学の生徒の悪ふざけだと泣き寝入りしていたんだと思います。

基本、不良か、不良がかった生徒が水入り風船を通行人に投げて遊んでいました。ただ、通行人の中に、チンピラのようなオッサンがいたから事態は思わに方向に行きます。

チンピラオッサンは、

チンピラオッサン
チンピラオッサン
何するんじゃ!ボケ

と怒鳴りましたが、中学校の校舎の3、4階にいる不良たちは、

不良
不良
ボケ!あほ!
不良
不良
聞こえへんぞ!
不良
不良
なんか馬鹿がおるぞ~!

とはやし立てるだけでした。それにブチギレたチンピラオッサンは、退散したのかと思いきや、なんとノコギリを持って、中学校校舎内に乱入してきました。

本当にノコギリを振り回して、怒り狂っていました。しかし、不良たちは、逃げてしまった後で、私を含む一般の生徒にまで見境なく怒り続けていました。興奮しすぎたのか、ノコギリを投げつけていました。たまたま運動神経の良い生徒だったので、事なきを得ましたが、運が悪ければ、殺傷事件に発展していました。

まあ、その時の先生の来るのが遅いこと、遅いこと。チンピラオッサンがノコギリを投げつけて、少し気分が落ち着いたとき、タイミングを見計らっていたかのように、先生たちの登場でした。その登場の仕方を見ても、この先生たちはとても信じられないと、私の第六感が働いていました。

 

警察介入を許して非常に良くなった

「積木くずし」中学がここまで悪くなったのは、不良達だけではなく、先生たちの「警察不介入」という軟弱な態度によるものです。

不良達は先生が何もできないことを見透かしていて、馬鹿にしていたのだと思います。こんな状況では、「積木くずし」中学は悪くなるばかりです。荒れた中学がその当時は大問題で、これを解決するには、結局、警察の力を借りるしかなかったのです。

そして、私が卒業して、新しい校長が就任すると、徹底的に警察と連携して、不良達を取り締まりました。未成年だからと、教育機関だからと、温情は与えなかったのです。バイクを乗ってきた不良は、バイクの窃盗か無免許運転で警察に連行されました。シンナーを吸っていた不良も、薬物乱用の罪で、警察に連行されました。彫刻刀で落書きした生徒は、器物破損罪、プールで遊び回っていた不良たちは、不法侵入罪等の罪状をつけて、とにかく容赦なく、警察に連行させて、ひどい場合は、少年鑑別所に送致していました。

すると、あっという間に、荒れた中学が、真面な中学に変貌していきました。

 

不良達を退治するのは、愛のある教育とかの綺麗ごとではなく、警察権力による生の力で抑え込むことが一番なんだなと、つくづく感じました。私が通った「積木くずし」中学は、今振り返っても、とんでもない中学で、もう二度とこのような荒れた中学が日本に出現しないことを祈らざるをえません。

マジで、ひどい中学でした><

 

 

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