即金4000万円のリストラ離婚後の転職
リストラ離婚で即金4000万円渡し、仕事と家庭を同時に失った管理人
リストラ離婚

中高年のリストラ離婚 - 家族の重要性

中高年のリストラ離婚 - 家族の重要性

結婚の重要性

人は必ず年をとっいく。どんなに綺麗な人もその容色は落ちていく。小学校6年生の時の恩師が言っていた

「年取ったら全然面白くない。女にも全くもてないし。出世の肩書くらいでも貰わんとやってられへん。」

年取って汚くなって、容色が落ちて、なんでこんな人と結婚したんだろうと思う。家庭は子供中心となり、旦那は給料を稼ぐことだけが求められる。奥さんは日々の生活(食事等)が求められる。みんななんで結婚したんだろうと思う。結婚して、男性も女性も、おっさんとおばはんになっていく。

例え結婚しなくても、おっさんとおばはんになっていく。子供が成長していくのに楽しみを見つけ出すのであろうか?出世であろうか?子供と自分は全く別の人格である。結婚せずに一人で生きていくと、家族という自己実現の場がなくなる。子供の成長をみるという楽しみがなくなる。家族団欒の楽しみがなくなる。人生の楽しみを共有できる人がいなくなる。旅行を一人でして、果たして楽しいであろうか?自分の思い出には残るが、それほど楽しいものではない。

モンゴル旅行で思い知ったが、だれと旅行するかが重要な要素である。こう考えると、人生を共有できる人を持つことは決して悪いことではない。そういう意味で結婚を考えないといけないのであろう。美しさをもとめたり、SEXという快楽を求めたりするのではない関係なのであろうか?

人生が豊かになるという意味では、結婚は良い選択であろう。結婚しなければ、結婚している人の家庭が羨ましくて仕方なかったのではないだろうか?

年をとってからの良い点を数え上げて、それにフォーカスして生きていくことも大事である。会社でそれなりの責任のある仕事ができる。それなりのお金をもらえて、好きな所に旅行できる。なので、どうせ年をとって醜くなって、なんやそれーと思うような人と不倫をするのは馬鹿げたことである。得られるものと、それを得るための努力を考えるととても得なものではないと判断できる。青春は本当に素晴らしいものである。

年老いてからの人生をどう生きるかも非常に重要な課題である。誰でも青春時代は短い。おっさん、おばさん時代は長いのである。その長い時代を有意義なものにすることが、人生を豊かにすることにつながるのである。

その時に、結婚していて、家族があり、かつ子供達が成長して、孫までいると幸せであると凡人の私は思う。

 

小学校低学年の頃の友人、梶原くん

よく遊んでいた梶原くんがいた。家が近所で、確かお父さんは阪急電車の運転手さんだとか言っていた。母親同士も友達であった。というか、子供同士が友達だったので、母親が知りあって親しくするようになったのであろう。小さな子供の頃だったので、なんかあまりよく覚えていないが、家からすぐ近くの公園でよく遊んでいたような記憶がある。

 

彼が小学校6年生の頃に、私の新居の家に遊びに来てくれたことがある。私はその頃新しい学校にも慣れて、過去を振り返らない性格だったので、梶原くんに会って遊ぶことすらしなかった。

悪いことをしたと思うが、変なところシャイだったんだろう。それ以来音信不通である。なんか後味の悪い思い出である。彼は今どうしているのだろうか?会いたいとは思わないが元気でやっていてほしいと思う。

 

家長としての責任

私の父は、いつも下痢気味なので、強力わかもとを毎日のように飲んでいた。更に、お腹が冷えて下したりするので、お腹周りに白いさらしを巻いていた。髪の毛も抜けずに死ぬまで、黒々としていた。目は老眼になって、近くを見るときはいつも老眼鏡をかけていた。

 

私の父は、胃下垂で、どれだけ沢山食べても痩せていた。歯は50代半ばには既に入れ歯で、歯が痛い、入れ歯のせいで歯茎が腫れて痛いと言っていたのを覚えている。更に、入れ歯にしてから食べ物が全然おいしくなくなったと私に言っていたのを覚えている。

 

私が太っているのは、明らかに母親の影響で、そのおかげで、体が丈夫である。父親に似ていたら、痩せてスタイルはいいかもしれないが、病弱で、お酒も弱く、あまり人生を楽しめなかったかもしれない。

 

このように、私の父は、頻繁に病気をしていて、私が小学校に入学する前に黄疸で死にかけたというようなことを聞いた。私も幼いながらに少し記憶がある。あのとき父が死んでいたら私の人生は本当に悲惨なものになっていたであろう。

高校に行けるかどうかということで、working poorの生活になっただろう。楽しい高校時代、大学時代、充実していた大学院生時代も過ごせなかったであろう。そういう点で、心から神様に感謝している。本当に有り難いことである。死ななかったことを感謝するしかない。

 

そういう意味で、もし私が死んだとしても前妻の子供達は、問題なく力強く生きていってくれるという点において、ハンマーで頭を殴られたような離婚という現実にも、それなりの良い点があるというメリットにも感謝すべきではないかと考えている。

私がいなくても、前妻と前妻の再婚相手の間で、立派に成長していってくれるというのは、心強い!

 

 

 

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